ひまわりの約束
妹の妊娠がわかった12年前、幻を見ました。
実家の長い廊下を颯爽と歩く若い女性の幻を。
気品と自信に満ち溢れた彼女は、ふんわりと甘い香りをまとい、ウェーブがかった茶色の長い髪をなびかせて歩くその姿はとても凛としてキラキラと輝いていました。
まるで夏の太陽に照らされたひまわりの様に。
後ろ姿しか見ていませんがすぐにわかりました。彼女は妹のお腹に宿ったばかりの赤ちゃんなのだと。
ひと目見て海外から帰国したばかりの学生かキャリアウーマンだと直感した時、心の中にメッセージが響いてきました。
"何も心配ないよ。大丈夫だからね。"
当時妹は妊娠3ヶ月。酷いつわりや出血で体調が優れず、お腹の赤ちゃんへの心配事が絶えない日々を過ごしていました。
そんな時に現れたこの幻はきっと赤ちゃんから母である妹へのメッセージだと思い、すぐに伝えました。
「赤ちゃんは女の子やわ。帰国子女でキャリアウーマンになるわ。すっごく自信満々に歩いてる姿を見た。すごく素敵な女性になるはず。」
昔からほんの少し第六感が働く私の突然の予言を、妹は素直に信じてくれました。
生まれる直前までつわりに苦しんでいた妹は、私の予言を心の支えにして妊娠期間と出産を頑張り抜きました。
そうしてこの世に誕生したのが姪の"こめ子"です。
まだ独身だった私はこめ子を溺愛しました。
毎日毎日こめ子に会いに行っては義弟の冷めた視線を背中に感じつつ、一緒に遊びたくさん抱きしめました。
気が狂いそうなほど愛おしく、まさに目の中に入れても痛くないほどで、こめ子を永遠に守りたいと思いました。
全ての悪い出来事からこめ子を守りたい。こめ子のバリアになりたい。いや、バリアじゃなく、守護霊になりたい。そしたらこめ子を100%守れるはずだ。
バカじゃないかと思いますが、当時私は真剣に考えていました。
別に悩み事があったとか自殺願望があったとかそういうワケではなくてただただ愛おしい姪を守りたかったのです。
「私、死んで守護霊になってこめ子を守りたい。もしも私が死んだらこめ子をしっかり育ててね。私がしっかり守るから。」
突然戯事を言い出す義姉に呆れ返ったこめ子の父親(義弟)は、
「死んだからって守護霊ってどうやってなるん?こめ子の守護霊になれる保証なんてないやん。しかもこめ子にはすでに守護霊いると思うから死ぬだけ無駄なんちゃう?」
と、決して死なないでとは言わずに冷たい視線をこちらに向けながら淡々と正論を並べました。
私は一応彼の義姉ですがなぜかいつも舐め腐った態度で接して来ます。なぜでしょうか。
でもまぁ確かに。そりゃ一理あるな。
悔しいながらも納得した私は守護霊になる事を諦めました。
話せるようになるとコメ子は私を「ドラちゃん♡」と呼び「赤ちゃん欲しいからドラちゃんが産んで。」とおねだりするようになりました。
ママを取られるのがイヤだからお前が産めよ、という意味でしたがそれをポジティブに捉えて使命感に燃えた私は、当時彼氏だった旦那に何度となく結婚を迫りましたが断られ続けました。
守護霊になりたいとか言う女イヤやわね、そりゃ。
数年後、根負けして結婚した旦那とようやく人妻になれた私の間にいち姫が生まれました。
こめ子はいち姫を溺愛しものすごく可愛いがってくれました。
かつて私がこめ子にそうしたように。
気付けば2人は姉妹以上に深い絆で結ばれていました。
毎日のように共に過ごし、たくさんケンカして、たくさん泣いてたくさん笑いました。
色んな所に行って数え切れない思い出をこれでもかと言う程作りました。
そしてこめ子が小学生になった時、弟が生まれました。
こめ子にそっくりなこめ助です。
いち姫はこめ助を溺愛しました。「ママ、もう1人、私のこめ助を産んで。」と言うほどに。
「同じ赤ちゃんは産めないのよ。違う赤ちゃんなら神様から授かれば産めるかもね。」「じゃあいらんわ。」「…。」
小学生になったこめ子はおやつに明太子おにぎりを食べるのが大好きな、明るく活発な少女に成長していました。
家族の前では大いにわがままを発揮していたこめ子ですが、一歩外に出れば優しい女の子でした。
負けん気が強く苦手な事は誰よりも努力して克服し、運動神経もよく成績優秀。その上、男子達からモテるようになりました。
そんなこめ子を見ていて私はヒヤヒヤしました。
モテる女子はよほど気が強くない限り周りの女子から妬まれるのがお決まりのパターンですからね。
私もそうでした…。辛かったな…🤪
自分の意見をしっかり持っているけれど、人の気持ちに寄り添いすぎて強くは言えないこめ子。私が心配した通り次第に周りの女子からヤキモチを焼かれるようになり、友達関係で悩むようになりました。
悲しそうなこめ子の姿を見ていると、やはりあの時に守護霊になっていれば良かったと後悔しました。
いやいや、自分はもう母親なんやからと我に帰り、どうすれば愛しのこめ子が人間関係で悩むことなく楽しく学校へ通えるのか、毎晩いち姫を寝かせたあと考えていました。
結局答えは見つからずただ見守る事しかできませんでした。
周りの女子がどんどん離れて行く中、こめ子は負けじと学校を休まず勉強を頑張りました。
いつかきっと自分に合った友達に出会えると信じて。
慕ってくれるいち姫やコメ助、そして明太子おにぎりの存在が彼女の大きな支えとなっていたと思います。
どんな時でも自分に目標を与え上へ上へと伸びて行こうとする彼女のその姿勢はまるで太陽を目指して伸びて行くひまわりの様でした。
頑張っている最中、義弟の海外赴任が決まりました。なんとアメリカに3年間です。
その上何を血迷ったのか、単身赴任ではなく妻子も連れて行くというのです。
なんだと!?
衝撃でした。
これからもずっと一緒にいられると思ってたのに。3人の子ども達はお互いをとても必要としているのに。2人が遠く離れてしまったらいち姫がかわいそうじゃないか。ひとりっ子なのに。そして何より、特にこめ子と私には親子みたいな絆ができているのに。
色んな想いが頭を巡ってとても笑顔で送り出せる心境ではありませんでした。
妹はともかく何で子ども達まで連れて行くんや!!
「当たり前やん。子ども達を置いて行く訳ないやん。」
氷のように冷たい視線を浴びせてくる義弟。見るからにウザそうです。
わかってるわ。言ってみただけやんか。
冗談通じひんのかい。
妻子をこよなく愛する義弟には家族と離れる選択肢なんてないのです。
これがうちの旦那なら
「というワケでアメリカに行く事になりました。ドラ母は子ども達の環境変えたくないやろ?だから俺は1人で行ってくる。後は頼んだで。」
と大手を振って笑顔で旅立つ事でしょう。
この差。まぁいいけど。
確かに家族は一緒にいた方がいい。
それにこのまま日本にいたらこめ子は痛風になってしまうかもしれない。
明太子おにぎりを忘れさせる絶好のチャンスだというのが妹夫婦に家族総出での渡米を決断させたのでしょう。
そしてあっという間に渡米する日がやって来ました。
まだ幼い子ども達はすぐに会えるだろうと思ってたいして悲しんでいませんでした。
私1人が毎日泣き暮らしていました。秦基博さんのひまわりの約束を聴きながら。
渡米して1ヶ月が経った頃、いち姫が言いました。
「ねぇね(こめ子)達、いつ旅行からかえってくるの?」
そうか。子ども達は旅行だと思っていたから悲しまなかったんだ。
「旅行じゃないのよ。1000回寝たら帰ってくるよ。いち姫ちゃんが小学生になったらね。」
当時幼稚園年少だったいち姫はやっと状況を理解して泣き出しました。
「ねぇねー!ねぇねー!こめ助ー!会いたいよ!会いたいよー!私を1人にしないでよー!」
かわいそうないち姫。こんな事なら一緒に渡米すれば良かった。旦那置いて。
「俺を置いてアメリカ行こうと思ったやろ、今。」
「え!?な、なんで?まさか。そんな事思うわけないやん。」
なんやこの男。サイコメトラーエイジか。
サイコメトラー…ふっ(笑)。懐かしいな。
「いち姫ちゃん、アメリカに行こう。そしたらねえね達に会えるから。」
その頃アメリカでは、英語など全く話せないこめ子が毎日悲痛な思いで学校へ通っていました。
毎日毎日LINEで寂しい寂しいと送ってくるこめ子。何もしてやれない、側にいる事さえ叶わない自分を心底情けなく感じました。
早くアメリカに行って抱きしめよう!決意した矢先に二太郎を妊娠し、渡米を断念しました。
授業も全て英語。チンプンカンプン。休み時間も当然1人きりだったので校庭でひたすら鉄棒やうんていに取り組んでいたこめ子。
活発なこめ子は体を動かす事で寂しさを紛らわせていたのです。
毎日毎日、手のひらにたくさんできたマメが潰れても、鉄棒でクルクルクルクル。
日本で覚えた鉄棒の技を1人で黙々と練習し上達してくると、こめ子に興味を持つ子が出てきました。
日本から来たただの転校生が、so cool!と言われるまでになりました。
それから1人、また1人友達が増えて英語も話せるようになりました。
英語がわかるようになるまでは「Are you serious?」「Yes I'm serious.」だけでなんとか乗り切ったそうです。
自分の選んだ道を決して諦めず上を目指したこめ子が掴んだサクセスストーリー。
今ではまた友達同士のいざこざで悩んでいるこめ子ですが、私はもう心配するのなんかやめました。
だって私が見たあの自信溢れるひまわりの様な素敵な女性は、やはりこめ子だったのだと確信
しているからです。
悩むこめ子に、今度は私が伝える番です。
"何も心配ないよ。大丈夫だからね。"
と。
あなたは将来、あんなに素敵な女性になるんだから。
「ねぇね、早く会いたいよ。いつ日本に帰って来るの?」
泣きべそかいてLINE通話するいち姫に、こめ子は太陽のように輝く笑顔で言いました。
「いち姫ちゃん大丈夫。絶対帰るよ。約束するよ。」
その笑顔は自信に満ち溢れていました。
「必ず帰るよ。ひまわりの咲く頃に。」
終わり。
今日もくだらない話にお付き合い頂きありがとうございます(o^^o)
言い忘れましたが、この話は秦基博さんのひまわりの約束を聴きながら読んで頂くとより一層お楽しみ頂けます。
それでは、また。