ステーキを台無しにされて意識が飛ぶほどぶちギレた話
今週のお題「肉」
そう、あれは…
ちょうど20年前の事。
その日は私の20歳の誕生日でした。
記念すべき日を祝うべく職場から足早に帰宅した私は、意気揚々と食卓につきました。
「かわいそうに。20歳の誕生日に祝ってくれる彼氏もいないなんて」
年頃の娘を哀れむ母の言葉にかなりの居心地の悪さを感じましたが、「誕生日やってのに友達と食事にも行かないのか」と言っていた職場のオッサンの言葉と共に寛大な心で聞き流す事にしました。
だってこの日は待ちに待った誕生日。
待ちに待ったステーキの日でしたから。
この世でいちばん大好きなサーロインステーキを料理上手な母が絶妙な焼き加減と味付けで振る舞ってくれる、それが私の誕生日の定番メニューでした。
彼氏なんていらない。リア充なんていらない。
サーロインステーキさえあればそれでいい。
当時の私はそんな女でした。
「じゃあそろそろ焼くわね」
母がキッチンに立ったちょうどその時、彼氏とのデートを途中で切り上げた妹が帰って来ました。
「今日はお姉ちゃんの為に早く帰って来たよ」
恩着せがましいその言葉が私を更に居心地悪くさせましたが、手際よくテーブルに並べられて行くサーロインステーキとサラダとコーンスープとライスというまるでレストランのようなメニューに、大丈夫、今日の主役は自分なんだと確固たる自信が湧き出て来ました。
別に早く帰って来なくていいし。
なんなら外食してきてくれたらアンタのステーキは私の物だったのに。
そしたら2枚食べられたのに。
そんな事を本気で考える、当時の私はそんな女でした。
「お誕生日おめでとう!!」
家族からの祝福を合図にようやく始まったバースデーディナー。
サーロインステーキとの再会。
この日が来るのをどんなに待ちわびたことか。
あぁやっと…
やっとアナタをこの口に運べるのね…
その最初のひとくちは、“感動”の一言でした。
焼き加減、塩加減、ニンニク加減…
そしてもちろん、国産牛ならではの極上の旨み。
その全てが感動的にパーフェクトでした。
「あぁ!!最高!!美味しすぎる!!」
あまりの美味しさに食べ進めるのがもったいない程でしたので、フォークとナイフで小さく小さく切っては少しずつ少しずつ食べていました。
こうして私が涙ぐみながら感慨に浸っていたところへ、妹がグラスとビールを持って来ました。
「さぁさぁお姉ちゃん。今日から堂々とビール飲めるね。注いであげるよ。」
あぁそうだった。
今日から堂々とビールが好きだって言えるなと偉そうに片手でグラスを持ちました。
「はい、どうぞ~」
「ありがとう」
妹がビールを注ぎはじめてすぐ、テレビから何やら楽しそうな声が聞こえました。
今となってはそれがどんな番組だったのかは覚えていませんが、バラエティ番組だった事は確かです。
とにかく面白くてビール片手に思わず爆笑してしまいましたから。
「あははははは!!!」
ビールを注いでくれている妹を無視して自分だけテレビを見て爆笑するなんて、姉妹と言えどもさすがに失礼だろうと思いながらもテレビから目を離せずにいましたら、右隣からけたたましい笑い声が響いてきました。
「あーはははは!!!あーはははは!!!」
妹です。
その笑い声に、私は強烈な違和感を覚えました。
え。
あははははは?
あれ、おかしいな。
だってほら。
右手に持っているグラスにはまだビールが注がれ続けている。
なのに妹はテレビを見て爆笑している。
しかも何やら右手が冷たい…
まさか。
まさか…!
恐る恐る右隣に目をやると、なぜだか妹と目が合いました。
「うん?どうしたん?」
なんと、妹は忘れていました。
自分が今、姉のグラスにビールを注いでいる途中だというのを。
そして、私も忘れていました。
よりによって、大切なサーロインステーキの真上でグラスを持っていたのを。
あの瞬間を私は一生忘れる事はないでしょう。
再会を待ちわびた愛しのサーロインステーキが、2センチ幅に切り刻んで少しずつ少しずつ食べ進めていた大切な大切な私のサーロインステーキが、350mlのビールの底に沈んでいる惨劇を目にしてしまったあの瞬間を。
「あー!!!あー!!!あー!!!お前!!おい!何やってくれてんねん!!ふざけんなオラァー!!!」
怒りのあまりに生まれて初めてのヤンキー言葉が私の上品な口から弾け飛びました。
「ふざけんなほんまに!!人のサーロインステーキに何やってくれてんねん!!どうしてくれんねんほんまに!!ふざけんなお前ー!!」
止まらない姉の怒りを受け続けたかわいそうな妹は、パニクりながら言いました。
「ごめん!!お姉ちゃん許して!私のステーキと交換するから!!」
その言葉になんとか理性を取り戻し、澄まし顔で妹の皿に目をやると、なんと残りのステーキは最後のひとくち分だけでした。
私のステーキはほぼ1枚残っているというのに。
これで交換したら誰の誕生日かわからんやろうが!!
おのれ!よくも!!
……
怒り狂ったその後の記憶はありません。
恐らく、怒りのあまりに気絶したんだと思います。
食べ物の恨みは実に恐ろしいなと身を持って体験した出来事でした。
以上が、私の忘れられない肉エピソードです。
今思い出してもステーキを守り切れなかった自分に底知れぬ怒りを感じますが、私の異常なまでのステーキへのこだわりは、このトラウマのせいであることは間違いありません。
皆さんも、誰かにお酌してもらうときには決してステーキの真上でグラスを持たないようにお気を付けください。
本日もくだらない話を最後まで読んで頂きありがとうございました。
それではまた。