新婚初夜に震えた話
人一倍強い結婚願望を持ってるくせに、結婚願望皆無の男に恋をして、山超え谷超えイバラ超え、泣いて迫ってすがりにすがり、なんとか迎えた新婚初夜。
どんな険しい道を辿って来たのかなんて、そんな記憶は壮絶な新生児育児で吹っ飛びました。
ただ覚えているのは、私の脳内で次から次へと山が、谷が、イバラが湧いて出て来てそれらとひたすら闘っていたようなそんな記憶。
はい、訳わかりませんね。
でも恋愛なんてそんなものでしょ。
そこにハマればハマるほど、自分でも何がなんだかわからないぐちゃぐちゃの感情に振り回されて訳がわからなくなるものでしょ。
幸せだけどぐっちゃぐちゃ、まるで沼、みたいな。
とにかく、そんなこんなを乗り越えて、やっと、やっと、手に入れた幸せ。
愛して止まない旦那様とのはじめての夜を、2人の新婚生活最初の素晴らしい思い出にしたいと張り切っていた私。
ちょっと豪華な食事を食べて、結婚祝いに友達がくれたシャンパングラスで乾杯したりなんかして。
ほろ酔いで2人並んで映画観たりなんかして。
シングルの布団で2人抱き合って寝たりなんかして。
これまでの長い道のりを2人でゆっくり振り返って、晴れて夫婦になれた喜びを2人で噛みしめたい。
あぁ、これからはもう違う家に帰らなくてもいいんだ。ずっと一緒にいられるんだ。もう寂しくないんだ。
あぁ幸せ。あぁ最高。あぁ素敵。
こんな感じで、愛する人の妻になれた喜びにどっぷり浸りながらその夜を迎えました。
私の計画通りに過ぎる幸せな時間。
この日の為に、料理もダイエットも新居の片付けも頑張り、その甲斐あってとても楽しい時間でした。
おしゃれなシャンパングラスでついつい赤ワインを飲みすぎてしまったのは計算外でしたが、フラフラになりながらもなんとか布団タイムに漕ぎ着けました。
シングルの布団は一応2枚並べて敷いたものの、そこは、やはり初夜ですから。
2人でシングル1枚で十分だとタカをくくってたんですよね。
だって、ほら、くどいようですけど初夜ですから。
きっと1枚の布団で抱き合いながら朝を迎えるのだろうなってね。
そそくさと布団に入る旦那様に続いて私も少し照れながら潜り込みました。
旦那様の横にピッタリと。
「あれ、どうしたん?こっちで寝たいの?」
じっと私を見つめ惚ける旦那様。
照れちゃって。可愛い人。
「うん。」
恥じらいながら、そして、ありったけの色気をかき集めた瞳で視線を返しながら答える私。
そんな私を見つめながら旦那様は言いました。
「じゃあ、どうぞ。」と。
咄嗟に私も言いました。「ありがとう」と。
そしたら、そそくさと布団を出て横に敷かれた用無し布団へ潜り込む旦那様。
あらあら。どうしたのかしら。
急いで私も用無し布団に潜り込み、ピタリと横に寄り添います。
「どうしたん?」
先程より少々ウザったく聞いてくる旦那様。
なんかおかしいゾと思う私。
「早く寝ようや。俺、眠たい。飲み過ぎた。」
え。今、なんて?
「俺、くっついて寝れへんねん。」
オレクッツイテネレヘンネン??
何、それ。
「早く寝よう?な?」
やっとここで事態を察した私。
いやいやいや、飲み過ぎたって言ったってやな、私だって飲み過ぎたけどやな、確かに飲み過ぎて、あなたさっきトイレに籠もってチカラ振り絞って来たのかもしれんけどやな、ちょっとくらい、さぁ?
ちょっとくらいラブラブタイム過ごしましょうよ。
恥を忍んで新妻がこうして布団に潜り込んで来てるんやからさぁ。
「ねぇ、なんか喋ろうよ。ちょっとだけ。」
「ごめん、無理。眠たい。また腹痛くなりそうやし寝るわ。」
可愛くお願いする新妻に背中を向けながら答える男。
新居で迎える初めての夜をちっとも大切に考えていない男。
張り切っていたのは自分だけ。
悲しくて恥ずかしくて、そそくさと横の布団に戻ってすすり泣きました。
酷い。こんな事になるなんて。
初めての夜に気にかけるのが新妻じゃなく自分の腹か。腹の調子か。
もっと他に言い様があるやろ。
泣いているうちに腹が立って来て怒りに震え、なかなか眠れませんでした。
このまま1人で朝を迎えるのかな。寂しいな。悲しいな。結婚したのにまだ片想いなんかな。
グルグルグルグル頭の中で寂しい気持ちを掻き回しているうち、私もいつしかすっかり眠ってしまいました。
浴びるほどに赤ワインを飲んでて良かった。
自分と旦那のけたたましいイビキで目が開いたのは深夜2:30の丑満時。
旦那はイビキの轟音と共に布団を蹴り飛ばし大の字で眠っています。
うわー。隣のヤツめっちゃ寝てるー。
朝になったら覚えとけよ。こらしめてやるからな、なんて思って見ていると、突然起き上がりキョロキョロし始める旦那。
寒くなって布団を探しているようでした。
寝ぼけているのでなかなか見つかりません。
ふん!そのまま寝て風邪でもひいたらいいわ!
腹が立つので無視を決め込んだ次の瞬間、旦那がすごい勢いで私の方に向かって来ました。
四つん這いで。
そして、
ガバっ!!と私の掛け布団を剥ぎ取り、またも四つん這いで自分の布団へ戻って暖かい眠りにつきました。
え、何、怖い。
え、何…
寒ーーーっ!!!
何!?なんや、この男はー!?
寝ぼけてるとは言え、愛する妻の布団を剥ぎ取るとは何事やー!!
許せない。
腹を守るため先に寝たあげく、泣き疲れて眠った哀れな妻の掛け布団を剥ぎ取るとは。
このまま私が黙って震えてるだけと思うなよ?
私は立ち上がり布団を剥ぎ取り返しました。
もちろん旦那に布団をかけ直してあげたりなんかせずに。
ふん!ザマァ見ろ。震えときな!
季節は12月。
布団無しでは寒い時期。
復讐を果たした優越感に浸りながら、これでやっと暖かい布団の中で気分良く眠れるわ♪と目を閉じた時、嫌な気配を感じました。
ガバっ!と起き上がる気配を。
嫌な予感がして薄目を開けて見てみると旦那が上半身を起こして前を見つめています。
そして…
すごくハッキリした大声を張り上げ言いました。
正面を指差しながら…
「前に会いましたっけ???」
え、え!?
正面には壁しかありません。
狼狽る私に目もくれず、もう一度…
「あの、前に会いましたっけ???」
怖ーーーっ!!
誰やねん!!?
誰がいんねん、目の前に!!
その日初めて眠るその新居は、新居とは言え中古のアパート。
前に誰が住んでどんな風に過ごしたかなんて知らないけれど、まさか出るのか、出てるのか!?
それからしばらく正面を指差したまま旦那は微動だにしませんでした。
丑満時からどれくらいの時間が経ったのか、突然ふとチカラが抜け倒れ込むように再び眠りに着きました。
怖い怖い怖い怖い怖い!!
いや、寝ぼけてただけや、寝ぼけてただけや!
大丈夫大丈夫!誰もいない誰もいない!
いくら自分に言い聞かせても怖いものは怖い。
なんで新婚早々こんな恐怖に震えなあかんねん。
おかげで朝日が登るまで一睡もできませんでした。
カーテンの隙間から差し込む朝日に安心しやっと眠りに着いたのは何時だったのか…。
その日、仕事が休みで目が覚めたのは午前9時でした。
「おはよう。眠れた?」
隣の布団の中から浮腫んだ顔で聞いてくる旦那。
「あんまり眠れへんかった。」
ボソボソ私が答えると、旦那が言いました。
「俺も全然寝れへんかった。ドラ母のイビキがうるさくてマジで寝不足やわー。」
……
……
……
黙れっ!!!
旦那が、いくら爆睡していても次の朝には「全然寝れへんかった」と言う自称睡眠障害だと気付くのはこの1年後のことです。
今日もくだらない話を聞いて頂きありがとうございます。
それではこの辺で♪